開館50年の歩み① 歴史資料館の時代
当館の前身にあたる「埼玉県立歴史資料館(以下歴史資料館)」は昭和51年(1976) 4月に開館しました(展示室は翌年11月に開館)。今年は開館から50周年を迎える節目の年です。それを記念して「開館50年の歩み」を振り返る特設ページを開設します。第一部「歴史資料館の時代」では、歴史資料館の誕生から平成17年度末(2005) に「県立博物館施設再編整備計画」(以下再編整備) に基づいて閉館するまでの30年間の活動を紹介します。
【第一部 歴史資料館の時代】
プロローグ 2つの開館式
昭和51年4月に歴史資料館が開館し、同年6月1日に開館式典が盛大に行われました。式典には知事も出席し、東松山市在住で国選定記録無形文化財保持者の伊平(いひら)タケが越後瞽女唄(えちごごぜうた)を披露しました。
展示館は翌年に完成し、11月3日に展示館開館式典も行われました。
第1章 歴史資料館の博物館活動
博物館の基本機能には「資料収集」・「整理保存」・「調査研究」・「展示」・「学習支援( 教育普及)」の5つがあります。
歴史資料館は県西部の丘陵・山地地域の「考古・歴史・民俗・保存科学」の4つの分野について博物館活動を行ってきました。
保存科学の分野は昭和54年(1979) に追加されました。県内では初めて金属製品を保存処理する施設が設けられました※1。
また、博物館が立地する国指定史跡・菅谷館跡の環境整備や活用にも力を入れてきました。
さらに、平成4年(1992) からは「比企歴史の丘整備推進事業」※2が本格化し、比企地域の文化財保護や観光の中核施設としての機能も加わりました。
※1 この機能は平成2年(1990) に県立埋蔵文化財センターに移りました。
※2 当初は「比企歴史のむら整備推進事業」という名称でした。
第2章 歴史資料館の資料収集・保管
博物館資料の収集方法には調査による収集、県民からの寄贈、購入などがあります。
歴史資料館が収集した資料の中で最も数が多かったのは民俗資料です。人々の暮らしや社会の変化によって消滅の危機あった生業・生活用具や年中行事の道具などです。これらの多くは県民の皆様の寄贈によるものでした※1。
次に多かったのは考古資料です。「埼玉における古代窯業の発達調査」(昭和52~60年度/1977~1985)などで採集・発掘された資料や、昭和54年度(1979)までに埼玉県教育委員会などが発掘した県西部の遺跡出土品などです※2。
歴史資料には調査で収集した板石塔婆(いたいしとうば)(板碑・いたび)をはじめとする中世石造物がありました。
これらの一次資料に加え、調査カード・写真・映像・拓本(たくほん)などの二次資料も多数保管されました。こうした豊富な二次資料は歴史資料館の特色であり、現在も博物館活動などに活用されています。
※1 再編整備により民俗資料は県立歴史と民俗の博物館に移管されました。
※2 県教育委員会の発掘資料は一部を除き、現在は埼玉県文化財収蔵施設で保管されています。
昭和55年(1980)には新たに燻蒸設備が設置されました。収集した資料には文化財害虫やカビなどが潜んでいる可能性があるので、この設備で薬剤による殺虫・殺菌を行いました。燻蒸を終えた資料は収蔵庫に納められました。設備に入らない民俗資料は、荷解・未整理室(現・体験学習ホール)に集め、覆いをかけて燻蒸しました。
燻蒸装置
燻蒸がガスが行きわたるように考えながら資料を置いていきます。
燻蒸装置に入らない大きな資料は荷解・未整理室(現・体験学習ホール)
に集め、覆いをかけて燻蒸しました。
燻蒸が終わり、燻蒸ガスを排気しています。燻蒸は専門の業者に
委託しました。
ピックアップ 記録保存室の仕事
昭和54年(1979)から記録保存室で金属製品の保存処理が開始されました。X線撮影装置・エアーブラシ装置・減圧含浸(げんあつがんしん)装置などを用いて処理を行いました。主な目的は錆(さび)の原因を取り除き、資料を後世に残すことです。その過程で、銀象嵌(ぎんぞうがん)による装飾が発見される成果もありました。また、市町村職員を対象に、鉄器保存処理研修会も開催されました。(昭和59~63年度)。
鉄製品の保存処理作業
「也加多」の表紙を飾った銀象嵌
第3章 歴史資料館の調査研究
博物館の調査研究活動には大きく2つあります。
一つは収集された資料を調査研究し、時代や文化財としての価値付け等を行うことです。
もう一つはテーマを絞り、県域や地域の文化財について調査研究し、文化財の数・種類や時代別の動向等について明らかにすることです。その成果はその地域の文化財の特徴を示すことになり、他地域との比較研究に欠かせない貴重なデータとなります。
歴史資料館では別表の通り「板石塔婆(いたいしとうば)緊急調査」(昭和51~55年度)から始まり、「中世石造遺物調査」(平成4~9年度)まで考古・歴史・民俗各分野の調査を積極的に実施しました。これらの調査には市町村の職員や地域の研究者の多大な御協力が欠かせませんでした。
| 事 業 名 | 概 要 | |
| 板石塔婆緊急調査 | 1976~1980 | 県内全域を対象とし、調査時点で県内に残る板石塔婆を集成した |
| 「埼玉における古代窯業の発達」調査 | 1977~1985 | 末野窯跡群(寄居町)・南比企窯跡群(鳩山町・嵐山町)を対象とした分布調査・試掘調査 |
| 「秩父の通過儀礼」(映像による記録作成) | 1978~1982 | ①安産から帯解きまで②子どもザサラから水祝儀まで③若衆組と龍勢④モライ祝儀・クレ祝儀⑤年祝いから先祖供養までの5本のカラー記録映画を作成 |
| 歴史の道「鎌倉街道上道」 | 1981~1982 | 鎌倉街道上道の推定路線と隣接地の歴史景観・自然景観を記録。4地点では試掘調査も実施 |
| 埼玉の生産と生業調査「写真と文字で綴る」 | 1983~1986 | ①秩父の通過儀礼②麦作りとその用具③小正月とモノツクリ④農間余業とその用具の4冊の民俗資料調査報告書を刊行 |
| 中世城館跡調査 | 1983~1987 | 中世の城館跡の実態調査。この調査で204か所を新発見、全部で679か所の城館跡を確認 |
| 中世寺院跡調査 | 1988~1991 | 秩父観音霊場を巡る信仰の道の歴史的変遷や道筋・道沿いの文化財を調査 |
| 歴史の道「秩父巡礼道」 | 1991 | 物流や信仰・軍事面で重要な役割を担った埼玉と信州・上州を結ぶ道筋や道沿いの文化財を調査 |
| 歴史の道「信州・上州道」 | 1992 | 近世、中山道の脇往還として重要だった川越・児玉往還の道筋や道沿いの文化財を調査 |
| 歴史の道「川越・児玉往還」 | 1993 | 近世、中山道の脇往還として重要だった川越・児玉往還の道筋や道沿いの文化財を調査 |
| 中世石造遺物調査 | 1992~1997 | 板石塔婆以外の中世石造遺物についての所在確認調査。宝篋印塔2,185基、五輪塔5,001基など合計7,476基を確認 |
ピックアップ 「板石塔婆緊急調査」(昭和51~55年度/1976~1980)
板石塔婆(板碑)は中世に供養などを目的として建てられた石造物です。調査は各市町村で実施し、当館はその結果を取りまとめて報告書として刊行しました。板石塔婆の産地を有する埼玉県には多くの板石塔婆があることは知られていましたが、本調査により具体的な数量(20,201基)、分布、時期別の変化などが明らかになり、以後の研究の基礎資料となりました。
板石塔婆ごとに調査カード(B4判)を作成し、所在地・大きさ・銘文・現況などを詳しく記録しました。
これは日本最大とされる「野上下郷石塔婆(長瀞町)」の調査カードです。高さ5.37mの堂々とした塔で、国指定史跡に指定されています。また、拓本を取る際には足場を組みました。
第4章 歴史資料館の展示活動
博物館の展示活動には常設展示と短期展示(企画展・特別展など) の2つがあります。
展示館開館後しばらく、当館では常設展示のみを行っていました。展示館の半分は縄文時代から戦国時代までの県西部の歴史を紹介する考古・歴史分野の展示でした。もう半分は丘陵・山地の生業や県西部の伝統的な産業や手仕事等を紹介する民俗分野の展示でした。
その後、全面展示改装を行い、平成9年(1997)4 月にリニューアルオープンしました。考古・歴史・民俗分野の展示構成は維持しつつ、比企歴史の丘ガイダンス機能の導入と比企地域に特化した展示内容へ改めました。畠山重忠ロボットはこのリニューアルを象徴する展示物の一つでした。
ピックアップ 常設展示室の移り変わりを図と写真で紹介!拡大はこちら常設展示室変遷図.jpg
平成4年度(1992) には初めて特別企画展「天上へ向かうかたちーさまざまな塔ー」を開催しました。
その後は下記の通り不定期でしたが、6本の企画展を実施しました。
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展示タイトル |
開催年度 | 開催期間 |
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比企歴史のむら第1回特別企画展 天上へ向かうかたちーさまざまな塔ー |
1992 | 10月18日~11月23日 |
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比企歴史の丘第2回特別企画展 ささげられた祈りー中世の金属工芸ー |
1993 | 10月17日~11月23日 |
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比企歴史の丘第3回特別企画展 埼玉の修験 |
1994 | 10月18日~11月23日 |
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古式弓道まつり関連事業 テーマ展 弓 ーその歴史と民俗ー |
1995 | 10月24日~11月26日 |
| 企画展 埼玉の戦国時代 城 | 2005 | 1月12日 ~ 3月 6日 |
| 企画展 まほろばの里・比企~慈光寺とその周辺 | 2006 | 1月11日 ~ 2月26日 |
ピックアップ 企画展 埼玉の戦国時代 城 (平成17年(2005)1月12日~3月6日)
シンポジウム 埼玉の戦国時代 検証 比企の城 (平成17年(2005)2月19日・20日)
中世城館跡調査(昭和58~62年度)以降、蓄積された県内の戦国時代の城に関する調査成果をまとめた企画展。関連事業として、比企地域中世遺跡の評価と活用をテーマとしたシンポジウムも開催されました。これらの成果を受け、平成20年(2008)には、すでに国指定であった菅谷館跡に、杉山城跡(嵐山町)、松山城跡(吉見町)、小倉城跡(ときがわ町・嵐山町・小川町)が加わり、「比企城館跡群」として国指定史跡となりました。
シンポジウムは2日間に亘って行われ、延べ参加者数は1,027人でした。会場の国立女性教育会館(当時)の講堂はほぼ満席となりました。基調講演の演者は立教大学名誉教授の藤木久志先生が務め、他に7本の発表が行われました。後に「杉山城問題」と呼ばれる、城の年代に関する問題提起もなされました。