企画展 東山道と「鎌倉街道」 学芸員ブログ
~古代の道は「鎌倉街道」に受け継がれ、そして「古道」になった~
第3回 ハラ君はカマド神の依代(よりしろ)か?(R8.2.10)
企画展では郡家につながる古代道路について、幡羅(はら)郡家の例を紹介しています。幡羅郡は、現在の熊谷市付近に設置された古代律令時代の郡(国の下のある行政単位)であり、深谷市と熊谷市にまたがる幡羅官衙(はらかんが)遺跡群が幡羅郡家跡とされています。
幡羅遺跡出土 人面線刻土製品
幡羅官衙遺跡群出土の人面線刻土製品。地元の深谷市では「ハラ君」と呼ばれて親しまれています(以下、ハラ君)。ハラ君は、役所の建物が集中する区域の中の住居跡から発見されました。白い粘土で焼かれた土製品で、住居のカマドで土器を下から支える支脚(しきゃく)の頭部と思われます。線で目、眉、鼻、口が描かれており、顔が表現されています。カマドの支脚は焚口に立てて土器を支えるため、2次的に被熱しているものが多いのですが、ハラ君は2次被熱を受けていない、つまりカマドの支脚として使われていないようです。
奈良・平安時代には土師器に目、眉、鼻、口を墨書きする「人面墨書土器」が、川や溝から出土する例があり、疫病神などを土器に封印して川などに流していたと考えられています。土器に顔を描くことで、神を憑依(ひょうい)させるという考え方が当時の人々にはあったのでしょう。ハラ君は、カマドの支脚に顔が描かれていることから、竈神(かまがみ・かまどがみ)の依代(よりしろ)と考えられます。竈神とは、奈良・平安時代に火を司る神、家の守り神として祭られた神です。
平安時代に編さんされた国の制度をまとめた法典である『延喜式(えんぎしき)』によると、宮中の内膳司(ないぜんし)や大炊寮(おおいりょう)(天皇や職位の高い貴族の食事・宴席を担当する機関)、貴族の邸宅などにおいて、竈神を祭っていたことが伝えられています。中央と同様に、地方の役所である郡家の厨房施設においても、同様の祭祀が行われていたと考えられます。ハラ君は、幡羅郡家の厨房施設で祭られた竈神だったのではないでしょうか。
奈良・平安時代には土師器に目、眉、鼻、口を墨書きする「人面墨書土器」が、川や溝から出土する例があり、疫病神などを土器に封印して川などに流していたと考えられています。土器に顔を描くことで、神を憑依(ひょうい)させるという考え方が当時の人々にはあったのでしょう。ハラ君は、カマドの支脚に顔が描かれていることから、竈神(かまがみ・かまどがみ)の依代(よりしろ)と考えられます。竈神とは、奈良・平安時代に火を司る神、家の守り神として祭られた神です。
平安時代に編さんされた国の制度をまとめた法典である『延喜式(えんぎしき)』によると、宮中の内膳司(ないぜんし)や大炊寮(おおいりょう)(天皇や職位の高い貴族の食事・宴席を担当する機関)、貴族の邸宅などにおいて、竈神を祭っていたことが伝えられています。中央と同様に、地方の役所である郡家の厨房施設においても、同様の祭祀が行われていたと考えられます。ハラ君は、幡羅郡家の厨房施設で祭られた竈神だったのではないでしょうか。
さて、幡羅官衙遺跡群では道幅約8mの道路遺構が直線的に延び、道の左右には、正倉院(穀物などを保管する倉庫群の区域)、実務官衙域(役所の建物が集まる区域)、「郡の寺」だったとみられる西別府廃寺(にしべっぷはいじ)などが位置しています。道路遺構は正倉院と接しながら、さらに河川跡を目指して延びており、幡羅郡家が河川の舟運と陸上交通を結ぶ物流の拠点だったことを物語っています。
第2回 器に墨書きされた「入厨」とは?(R8.2.5)
川越市霞ヶ関(かすみがせき)遺跡から出土した須恵器(すえき)の坏(つき)と埦(わん)。坏は底の外面に、埦の方は体部外面に「入厨(いりくりや?)」と墨書きされています。ここに書かれている「入厨」とは何を意味しているのでしょうか。これらの土器から見えてくることとは?
霞ヶ関遺跡出土「入厨」墨書土器
器に文字や記号、絵などが墨書きされている器は「墨書土器(ぼくしょどき)」と呼ばれ、奈良・平安時代の須恵器や土師器(はじき)に多く見られます。墨書きされた文字は、地名や人名、組織に関する漢字が書かれていると考えられ、その器の所有者や用途を推定でき、ひいては出土した遺跡の性格についても考えることができます。
さて、問題の「入厨」ですが、このうちの「厨」については、郡家(ぐうけ)(国の下にある郡の役所)の中の施設である「厨家」(くりや)を意味していると考えられます。
平安時代に上野国(こうずけのくに)(現在の群馬県)で国司が交替する際に国の財政状況を引き継いだ文書とされる『上野国交替実録帳』には、「正倉」(しょうそう)(穀物を保管する倉庫)「郡庁」(ぐんちょう)(役人が実務を行う場所)「館」(たち)(役人の宿泊施設)「厨家」(郡家全体の食事を提供する施設)の4つの施設が郡家にあったことを伝えています。
「入厨」の「入」は周辺遺跡で出土した墨書土器に「入間」があることから古代の入間郡を示すものと思われます。つまり「入厨」墨書土器は「入間郡(家)の厨家」を意味し、入間郡家の厨房施設「厨家」で使われていた食器だったと考えられます。
「入厨」墨書土器2点が出土した霞ヶ関遺跡7~9次調査では、郡家の建物の可能性のある大型の掘立柱建物跡、柵列、区画溝などが確認されました。これらの遺構群と墨書土器の存在から、霞ヶ関遺跡は古代入間郡家の所在地と考えられています。
さて、問題の「入厨」ですが、このうちの「厨」については、郡家(ぐうけ)(国の下にある郡の役所)の中の施設である「厨家」(くりや)を意味していると考えられます。
平安時代に上野国(こうずけのくに)(現在の群馬県)で国司が交替する際に国の財政状況を引き継いだ文書とされる『上野国交替実録帳』には、「正倉」(しょうそう)(穀物を保管する倉庫)「郡庁」(ぐんちょう)(役人が実務を行う場所)「館」(たち)(役人の宿泊施設)「厨家」(郡家全体の食事を提供する施設)の4つの施設が郡家にあったことを伝えています。
「入厨」の「入」は周辺遺跡で出土した墨書土器に「入間」があることから古代の入間郡を示すものと思われます。つまり「入厨」墨書土器は「入間郡(家)の厨家」を意味し、入間郡家の厨房施設「厨家」で使われていた食器だったと考えられます。
「入厨」墨書土器2点が出土した霞ヶ関遺跡7~9次調査では、郡家の建物の可能性のある大型の掘立柱建物跡、柵列、区画溝などが確認されました。これらの遺構群と墨書土器の存在から、霞ヶ関遺跡は古代入間郡家の所在地と考えられています。
霞ヶ関遺跡7~9次調査区(川越市教育委員会提供)
企画展ではこれまでに東京都・埼玉県で発見された東山道とみられる道路遺構の発掘からわかった推定ルート図(「東山道武蔵路」に相当)を掲出しています。東山道は、入間郡家とされる霞ヶ関遺跡の西側を南北に通るとみられます。東山道は国府と国府を直線的に結ぶ官道(律令国家が整備した幹線道路)であると同時に、武蔵国では入間郡を南北に貫き、入間郡家につながる道路でもあったのです。
第1回 今回の企画展は「道路」です。(R8.1.27)
みなさんこんにちは。これから、企画展 東山道と「鎌倉街道」の学芸員ブログをはじめます。企画展の開催期間中、できるだけ定期的に書いていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
さて、第1回目は、今回の企画展の全体像について触れたいと思います。今回の企画展は、古代の道である東山道と、中世からの道である「鎌倉街道」をテーマにしています。「鎌倉街道」上道は、昭和56・57年度の埼玉県教育委員会による「歴史の道事業 鎌倉街道上道調査」によって、埼玉県内の調査が行われ、上道伝承路と周辺に点在する文化財の把握が行われ、これを起点にその後の発掘調査や研究が進んできました。また、古代においても東山道とみられる道路遺構の発見やその他古代道路の調査が行われ、道路の規模や構造、東山道のルートについての解明が進みました。今回の企画展は、それらの調査研究の成果を取り入れた展示を目指しました。
さて、第1回目は、今回の企画展の全体像について触れたいと思います。今回の企画展は、古代の道である東山道と、中世からの道である「鎌倉街道」をテーマにしています。「鎌倉街道」上道は、昭和56・57年度の埼玉県教育委員会による「歴史の道事業 鎌倉街道上道調査」によって、埼玉県内の調査が行われ、上道伝承路と周辺に点在する文化財の把握が行われ、これを起点にその後の発掘調査や研究が進んできました。また、古代においても東山道とみられる道路遺構の発見やその他古代道路の調査が行われ、道路の規模や構造、東山道のルートについての解明が進みました。今回の企画展は、それらの調査研究の成果を取り入れた展示を目指しました。
東京・埼玉を通る東山道の推定ルート
上画像をクリックすると画像データをダウンロードできます。(PDF:1.5MB)
寺院や館跡などの古代・中世の遺跡に比べると、道路遺構そのものは、地味でシンプルなものかもしれません。しかし大切なのは道の左右に目を向けることです。各時代の道路と寺院や城、道沿いの集落との関係を明らかにすることで、それぞれの遺跡への理解はより深まり、地域の歴史が多面的に浮かび上がります。企画展では、古代の役所、武士の館、街道沿いの集落などを取り上げて、各時代の道路の役割や、道路から見える地域の姿を探ります。この企画展を通じて、これまで見てきた地域の歴史に新たな視点が加わればよいかと思います。
さて、次回からは、企画展の展示資料を紹介しながらお話を進めたいと思います。お楽しみに!
さて、次回からは、企画展の展示資料を紹介しながらお話を進めたいと思います。お楽しみに!